逃げる
1989年某月某日
私は、ある工事中のマンションに行きました。
工事中と言っても、完全に仕上がっていて、あとは清掃をすればクライアントさんに引き渡せる状態で、見積もりを出すために伺ったのです。
鍵はすでに預かっていましたし、立ち会えないから私一人で行ってくれとのことでした。
エレベーターで最上階に行った時、ある部屋のドアから物音が聞こえました。
不審に思い、その部屋を覗き込んでみると、いきなり気を失いました。
目がさめると、私は服を脱がされていたのです。そして奥から、おじいさんがニヤニヤと気持ち悪い顔でこちらを見ています。
私は、怖くなって慌てて服を着て逃げ出しました。
すると、無数の灰色をした人たち(グレーの人たち)が、私の方に向かってきました。
幸い、テレビや映画に出てくるゾンビのように動作が鈍(のろ)いので、ヒールの私でも逃げることができました。
階段を降りようとしたところ、どうやら下から上がってきているようでした。
仕方がないので、エレベーターに乗り込もうとしたところ、なぜだかそれは1階にまで降りていたのです。
しかし、グレーの人たちが鈍いこと、エレベーターの速度が速いことで、どうやら間に合いそうではありました。
間に合いそうとは言っても、恐いものは恐いので「早く来て、早く来て」と何度も声に出して叫んでいたら、間一髪でエレベーターがきてくれました。
グレーの人たちも乗り込もうとしていたのでずか、乗る直前にドアは閉まり下に降りることができたのです。
降りている間、窓越しに各階にグレーの人たちがいるのを目にしました。しかし、下に行くほど数が少なくなっていました。
私が最上階に行ったこと、動作が鈍いことで、下が手薄になってしまったのかもしれないですし、あのおじいさんが何か関係しているのかもしれません。
一階に下りるとエレベーター前をウロウロしていましたが、人数は少なく3人ほどしか見えなかったので、強行突破すれば外に出られると思い、ヒールを脱いで手に持って速攻で出ました。
外に出ると数段だけ階段があるのですが、そこで転んだので怖くなって振り返ると、誰も追いかけては来ていませんでした。
玄関ドアはガラスでしたので中が見えるのですが、グレーの人たちの姿は見えなくなっていました。
不思議に思い、こわごわとドアを開けてみるも、誰もいなくなっていました。
みんな上に行ったのでしょうか?
それとも、あれは霊や妖怪の類なのでしょうか?
あれが本当は何だったのか分からないのですが、私は、その日のうちに職場を辞めました。